日に新たに、日々に新たに、又日に新たなり。

名言・故事・名セリフと駄文をお届けするIT経営コンサルタント川上賢人のブログ。自称『どちらかと言えば天才』がちょっと格好良い事とかを書いてみるチラシの裏。

    タグ:仏教哲学

    ブログネタ
    朝礼ネタ一言集 に参加中!
    感謝するに値するものがないのではない。感謝するに値するものを、気がつかないでいるのだ。 (中村天風)

    「いただきます」を考え違いしている人が増えているそうですね。
    給食費を払っているんだから給食に子供にいただきますと言わせるのはおかしいとか、飲食店でもお金を払って食べているんだから必要ないとか。
    何年かに1度、ネット系のニュース記事などで話題になるネタなのでただの都市伝説だと思いたいのですが、ホントだとしたらおかしいのはお前らの頭だって話ですよね。

    提供してくれる人や調理してくれる人、食材を準備してくれる農家や漁師や畜産家や流通業者、究極には命を頂くと言う意味での食材そのものへの感謝をあらわすのが「いただきます」と言うこと。
    命を「いただいて」いるのです。
    飲食店だろうが給食だろうが親が作ろうが彼女の手料理だろうが自炊した料理だろうが関係ないのです。

    「いただきます」の例に限らず、私たちの生活や人生は様々な縁によって成り立っています。
    仏法では諸法無我と言いますが、良いことも悪いことも、自分ひとりでは成り立たないのです。
    そこに気付けるかどうかが大事なのです。

    それが天風氏の言う
    感謝するに値するものがないのではない。感謝するに値するものを、気がつかないでいるのだ。 
    と言うことなのだと思います。

    日常生活の中ではつい忘れがちになってしまいますが、時には「感謝する」と言う事について考えてみるのも良いのではないでしょうか。
    私はそう思います。





     

    外道の前に於いて、自ら我、無常菩提の妙海を具すと説くべからず。 (仏教)

    仏教を知ろうとしない人に、仏教の素晴らしさを説こうとしても無駄。
    そんな意味ですね。

    仏教に限らず、こういう場面は良くあります。

    セミナーにしても読書にしても、必要な人ほど参加しないし読まない。
    そういう人に対して何かを教えようと思っても、聞く準備が出来ていないので受け入れてもらえません。
    そして意識を持って行動している人と行動しない人の差がどんどん広がっていくのです。

    病室で念仏を唱えないでください 1 (ビッグコミックス)
    病室で念仏を唱えないでください 1 (ビッグコミックス) [コミック]

     

    寝ようと思って布団の中でうとうとしていたら急に「群盲象をなでる」の出典が気になり飛び起きて蔵書を漁ってみた。

    学生時代に中国古典で見た記憶があったのだが、手元にあった論語、孟子、荀子、韓非子、孫子、呉子、老荘、戦国策、十八史略、菜根譚の諸本には見当たらない。
    過去に読んだ中国古典でいま手元にないのは三国志と易経。

    明日、図書館に行ってみようかと悩みつつ、そういえば同じ時期に仏教哲学にもはまっていたと思い出し仏教聖典をめくっていたら第69節、衆盲模象経の記載があった件。

    やはり私の記憶違いですか?
    ドラッカーも記憶ではなく記録する重要性を述べていいますが、人の記憶と言うのは存外アテにならないものですね。

    ついでにGoogle先生にも聞いてみたらWikipediaにインド発祥の寓話として仏教だけでなく世界中に(いろんな宗教の教訓として)広まっているらしい。
    蔵書以外で見聞きしてる可能性もありそうです。

    ちなみに、象と言えばガネーシャが思い浮かぶのですが、私の十一面観音様はいつ現れるのでしょうか?
    う~ん、もうこんな時間だ。今度こそ寝よう。

    群盲象をなでる

    縁なき衆生は度し難し (釈尊の正しい教え)

    仏の慈悲は広大無辺ですが、それでも縁の無い者は度し難し(救いがたい)。
    本人にその意思や自覚が無ければ、なおのこと援けることは出来ません。
    ましてや、仏ならざる身にはおのずと限界があります。

    一説によると、仏は地獄で亡者どもを救わんと仏法を説いてまわっているとか。

    私にはそこまでの気概はありません。仏どころか宗教家でもないですしね。
    なのでまあ、人助けは趣味です。

     fuusui-do_syaka-04

    心に従うのではなく、心の主(あるじ)となりなさい。 (仏教聖典)

    心は仏にもなれば、鬼や畜生にもなります。
    心に従うのではなく、心の主となる、あるいは自分自身の王となることが重要です。

    仏教では、私達の世界は色(形)、受(感覚)、想(記憶)、行(意志)、識(知識)の5つからなります。
    物質を表す『色』以外はすべて心の働きです。

    なので、『色』の代表である異性はもちろん、様々なコト、ちょっとしたコトに我々の心は影響を受け、すぐに揺らぎ流されてしまいます。
    心に従っていたのでは、 自堕落な生活に堕してしまうことは想像に難くありません。

    別に悟りを開くとか言うような大層な理由でなくても、 欲をコントロールし、己に克つことは重要です。 
    どのような成功哲学も、実行しなければ成功出来ないからです。
    そして実行する、行動に移し継続していくためには、自己のコントロールが必要です。

    ビジネスにしろ投資にしろプライベートにしろ、自己をコントロールできなければ成功したり大成したりすることは難しいのです。
    運良く一時的に成功したとしても、自己をコントロールできなければ長続きはしません。
    多くのビジネス書や成功哲学で語られていることですが、私もそう思います。 

    最近、自分に負けることが多いので、自戒を込めて。

    今日も仕事帰りにコンビニで見かけてつい『たけのこの里 つぶ練りいちご』を買ってしまった orz

    明治 たけのこの里つぶ練りイチゴ 63g ×10個
    明治 たけのこの里つぶ練りイチゴ 63g ×10個
    クチコミを見る


    このページのトップヘ