日に新たに、日々に新たに、又日に新たなり。

名言・故事・名セリフと駄文をお届けするIT経営コンサルタント川上賢人のブログ。自称『どちらかと言えば天才』がちょっと格好良い事とかを書いてみるチラシの裏。

    カテゴリ:ブログ(雑記) > 私について

    あらゆる組織が、自らの事業についての定義をもたなければならない。 (P.F.ドラッカー/『チェンジ・リーダーの条件』実践するドラッカー事業編より)

    ビジネスとしての軸を持つ上でも、自らの定義をもつことはとても大事です。
    それは経営理念や営業方針にも繋がっていきます。

    難しいですけどね。

    年に何度かは、日常の業務から離れて自らの事業についてじっくり考えてみることも必要だと思います。
    個人事業でも法人でも、事業規模にかかわらず。


    ちなみに、私の経営する『リアルシンク』は、「常に考える」あるいは「現実的な思考」と言ったイメージで、お題目や理屈で終わらないコンサルティングを提供したいとの想いから付けた名称です。

    中学・高校の頃からIT畑の出身だったこともありますが、現在のコアは『パソコンサポート』。
    サービス的には「パソコンのトラブル解決」が中心ですが、導入から運用、利活用のアドバイスまで、幅広くサポートしています。

    弊社にとっての『パソコンサポート』を定義するなら、『ICTの利活用(の支援)を通じて、社会生活の向上をお手伝いすること
    それが我々の使命であり、弊社の事業の定義だと言えます。
    単なる「パソコン」のサポートではないのです。

    リアルシンクの経営理念は『ITをもっと身近に、もっと便利に』
    パソコン(=ネット)を上手に活用することで、プライベートもビジネスも、もっと充実したものすることが出来ます。
    一人一人の生活やビジネスが充実すれば、社会はもっと良くなります。
    そのお手伝いをすることで社会生活の向上に貢献したいと考えています。

    現在の売上の大半を占める某大手家電量販店さんからの委託業務(下請業務)に関してはITから多少ズレる業務もありますが、基本はこの『パソコンサポート』をどの様に提供していくか、を中心に事業展開を考えています。

    もちろん、ITを活用するためにはIT以外の知識や経験も重要です。特にビジネスでは。
    まだまだ勉強の日々は続きますが、学んだ知識や経験を少しでも多くのクライアントさんとシェアしてお役に立てればと思っています。

    「パソコンサポート」自体まだまだマイナーなビジネスですが、「パソコンサポートと言えばリアルシンク」と言われるような貢献を目指して。
    日に新たに、日々に新たに、又日に新たなり。 

    実践するドラッカー【事業編】
    実践するドラッカー【事業編】

    世界の王になることと、世界一の女を手に入れることは、同じくらい価値のあることなのだ (花の慶次/カルロス)

    花の慶次も好きな作品の1つですが、その中でもこのセリフは特に好きなセリフだったりします。
    最愛の女性を手に入れることは、世界を手に入れるのと同じぐらい価値があると、思っているからかもしれません。

    よく「夢は何ですか?」と聞かれて、
    伊達と酔狂で「世界征服です♪」と応えることがあります。

    世界一(少なくとも自分にとっては)と思った女性を、一度は手にしながら失ってしまったなら、せめて世界を手に入れなければ代償にはならないではないかと、そんな妄想じみたことを考えたりしているからかもしれません。

    でもまあ、世界征服は趣味です。

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    人は善悪の判断と好悪の感情を混同することから過ちを犯す

    久しぶりに、学生時代の私の言葉です。
    大学生時代、カントの純粋理性批判を読んでいるときにふと浮かんだ言葉です。
    それ以来、物事を判断するときの私の物差しとなっています。

    ・論理的なもの、倫理的なもの、法的なものも含めた善悪の判断
    ・快不快や好き嫌いなどの好悪の感情
    人が判断を行なう際は、この2つが大きな基準となります。普段意識している人は少ないかもしれませんが。

    もちろん、感情的な快不快と論理的あるいは倫理的法的な善悪の判断が一致していればそれに越したことは無いのですが、現実には一致しないことも少なくありません。
    一致するかしないかは条件や生まれ育った環境、主義主張や宗教によっても異なってきます。

    自分(の思考)を客観視し、その上で論理的な判断を優先するのか、感情的な判断を優先するのか、それは人それぞれで構わないのです。
    ただ、論理的な判断なのか感情的な判断なのか、どちらに偏ったものなのか自分で意識しないまま判断を下すと、往々にしてあとで後悔することになります。

    極端な例で言うと、恋愛とか依存症はまさしくそうですね。
    恋の病に薬なしとは、そういう状態なんだと思います。
    まあ、恋愛に関しては、人生に1度や2度はそういう経験も必要だと思いますが。

    小・中と中国古典を読み漁って東洋思想を学び、高校で宗教哲学(主に仏教哲学)に嵌まり、大学に入ってから西洋哲学を(独学で)勉強したので、こんなことを考えてしまうのかもしれません。
    哲学者じゃなくて技術者なんですけどね。
    ここ数年は技術者も卒業しつつあり、最近はすっかり経営者ですが。

    ちなみに、 カントの純粋理性批判 は難しすぎて結局途中で挫折しました ( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
    もし哲学をかじってみたいなら竹田青嗣先生の本がお勧めです。
    岩波文庫で純粋理性批判を読んで挫折した私も、竹田先生の著書で西洋哲学の概要とか現象学とかが何となく判った気になれました(笑)

    自分を知るための哲学入門 (ちくま学芸文庫)
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    それが無駄かどうかはあなた次第である。

    例え途中やめにしてしまっても、まわり道だったとしても、無駄かどうかは本人次第だと、私はそう思うのです。
    親や他人にとやかく言われるものではありません。
    自分が無駄だと思ったとき、それは本当に無駄なものになってしまいます。

    もちろん、効率よく目標・目的を達成できるのに越したことはありません。
    しかし、うまく行かないことや止むを得ない場合だって、人生にはあります。

    如何に次に繋げていくか、そのための意識を持ち続けることが大切なのです。

    私はそう思います。

    無駄無駄無駄

    何がキッカケだったか、昨日の寝入り端、ふと昔のことを思い出してしまいました。
    せっかくなので吐いておきます。
    いつもと違って毒舌です。チラシの裏なので興味の無い方はスルーしてください。

    私には愚妹が1人おりまして。
    妹が高校生の夏休みのある日、学校から電話が掛かってきましてですね。
    妹の担任から『部活には参加しているようだけど補習に出ていない。』と言う趣旨の内容の電話だったワケですよ。

    個人的には補習なんて無駄な行為だと思っていた(今も思ってますが)私は適当にのらりくらりと話をしていたワケですが、
    父ではなく兄だと名乗ったところ、突然その先生が

    『お兄さんは○○(妹の通う学校)の卒業だったかな?』と聞かれたので
    『いや、水工ですが』
    と答えるとですね、
    『はっ水工か。仕事はどしたんなら』
    などとあからさまに見下したセリフを吐きやがったワケですよ、これが。
    そりゃ工業高校から進学する奴は少数派だけれども、決め付けは良くありませんねぇ。
    と言うか今、学校自体を鼻で笑いやがりましたね?

    と言うか、私も若かったのでカチーンと来てあからさまに馬鹿にするような口調で
    『大学生なんで夏休みですが何か?』
    と答えると
    『ああ、推薦で?』
    と少し見直したような声で言うので
    『いや、一般入試で入りましたが。』
    と答えると 
    『あ~、3年間真面目に勉強したんだ?』
    と驚いたように聞くので
    『受験勉強は試験前の2ヶ月だけですが。東大や京大ならともかく、偏差値50ちょいの大学なら2ヶ月もあれば十分でしょ?』
    と答えてあげると、返す言葉をなくしたのか
    『妹さんに部活だけじゃなく補習にも出るように伝えてください・・・』
    と言って電話を切りました。

    私の母校を見下したような態度を取ったことも不愉快ですが、出身校で相手を見下すような人間のクズが教員でしかも妹の担任と言うのが非常に不愉快で、結局その夏休み中に妹を他校へ転校させてしまいました。
    私も若かった(^^;
    妹の担任の名前はすっかり忘れてしまいましたが、この出来事だけはいまだに覚えています。

    大学時代、教職課程の講義を受けているときの同級生にも 「コイツ等が教職とって教員なんかになっちゃダメだろう」 と本気で心配したロクデナシがたくさんいましたが、あれから10数年、、、
    最近の大津のいじめ問題関連のニュースなどを見ていると、最近の教員の質と言うのはますます低下しているのかもしれません。
    facebookで友達になっている先生方には真面目で立派な人も多いのに、、、と思ってしまいます。


    ちなみに、成績が悪くてとか単位が足りなくての補習なら別ですが、建前上は任意参加になっている夏休みの補習を強制的に受けさすなんて『馬鹿じゃないの?』と思ってしまいます。
    当時、普通科に行っている友達に補習や宿題の量を聞いて「無駄なコトをしているな」と思ったものです。

    東大や京大へ行くような連中はそんな補習しなくても自分で勝手に勉強するし、それ以外の馬鹿はいくら補習したって馬鹿のままです。
    だって、勉強のわからない生徒にわかるように教えるわけじゃなくて、単に授業を進めてるだけで勉強の出来ない生徒は置いてけぼりですから。
    そんな補習、いくらやったって馬鹿は馬鹿のままです。
    無駄以外の何物でもありません。
    その時間を部活やバイトに費やした方が人生にとって何倍もマシです。

    私はそう思います。

    もしこれから受験をすると言う読者がいれば、勉強そのものではなく勉強の仕方をまず最初に学ぶべきだとアドバイスしておきます。
    具体的な方法については、機会か要望があればいづれ書きます。

    ヒントは『記憶術』と『速読術』

    最近は『どちらかと言えば天才』をブランディングに使ってますが、実は強化人間の方が正確かもしれません。
    なお、改造人間ではないので変身は出来ません。あしからず。
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