感謝するに値するものがないのではない。感謝するに値するものを、気がつかないでいるのだ。 (中村天風)

「いただきます」を考え違いしている人が増えているそうですね。
給食費を払っているんだから給食に子供にいただきますと言わせるのはおかしいとか、飲食店でもお金を払って食べているんだから必要ないとか。
何年かに1度、ネット系のニュース記事などで話題になるネタなのでただの都市伝説だと思いたいのですが、ホントだとしたらおかしいのはお前らの頭だって話ですよね。

提供してくれる人や調理してくれる人、食材を準備してくれる農家や漁師や畜産家や流通業者、究極には命を頂くと言う意味での食材そのものへの感謝をあらわすのが「いただきます」と言うこと。
命を「いただいて」いるのです。
飲食店だろうが給食だろうが親が作ろうが彼女の手料理だろうが自炊した料理だろうが関係ないのです。

「いただきます」の例に限らず、私たちの生活や人生は様々な縁によって成り立っています。
仏法では諸法無我と言いますが、良いことも悪いことも、自分ひとりでは成り立たないのです。
そこに気付けるかどうかが大事なのです。

それが天風氏の言う
感謝するに値するものがないのではない。感謝するに値するものを、気がつかないでいるのだ。 
と言うことなのだと思います。

日常生活の中ではつい忘れがちになってしまいますが、時には「感謝する」と言う事について考えてみるのも良いのではないでしょうか。
私はそう思います。





 
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